中津神社は千早赤阪村中津原に鎮座する鎮守社である。中津原の集落は金剛山系の山麓に開かれた谷間の村落で、古来より山と水を信仰の対象とする山岳信仰・水神信仰が盛んな地域柄を持つ。「中津」という地名は「中ほどを流れる水」を意味し、水分(みくまり)信仰と深く結びついた地域性を示している。南北朝時代、この地は楠木正成の支配圏にあり、正成が千早城・赤坂城を拠点として後醍醐天皇を支援した舞台の一部を形成した。江戸時代には村の産土神(うぶすなのかみ)として農耕の守護・五穀豊穣・子孫繁栄を祈願する年中行事が整備され、地域コミュニティの精神的な結節点となった。