創建年代は不明であるが、古くから崖端(ハンタン)に霊地として信仰を集めていたと伝わる。琉球神道における霊場「ニライカナイ」への遥拝所として機能していたとされ、海上安全・五穀豊穣を祈る民間信仰が起源と考えられている。14〜15世紀頃、琉球王国の成立とともに王府の庇護を受け、熊野信仰の伝播により伊弉冉尊・速玉男尊・事解男尊の熊野三神が合祀されたとされる。琉球八社の筆頭と位置づけられ、歴代琉球国王より格別の崇敬を受けた。1609年の薩摩藩による琉球侵攻後も社格は維持され、薩摩藩の庇護のもとで祭祀が継続された。明治時代には近代社格制度のもとで県社に列せられ、沖縄総鎮守としての地位が公認された。しかし1…