明応3年(1494年)、第二尚氏王統の尚真王が鎌倉の円覚寺を範として首里城近くに創建した臨済宗の禅寺。歴代琉球国王の菩提寺として位牌が安置され、王府最高の格式を誇った。中国・日本双方の建築技術を用いた七堂伽藍が整備され、琉球に根付いた禅文化の中枢として栄えた。1609年の薩摩侵攻後も王府の庇護は続いたが、1879年の琉球処分後は次第に衰微した。1944〜45年の沖縄戦では伽藍のほぼ全てが焼失・倒壊し、戦後は廃寺となった。戦後の調査・整備を経て、精巧な琉球石灰岩彫刻が施された総門のみが復元され、国指定史跡として現在に至る。鎌倉の名刹と沖縄をつなぐ歴史的証として高く評価されている。