七尾城は応永年間(1408〜1429年頃)、能登国守護・畠山満慶が築き、歴代当主が拡張して七つの尾根に郭が連なる巨大な山城となった。畠山氏7代・約150年の本拠として栄えたが、戦国末期には重臣の遊佐氏・長氏らが実権を争い内紛が続いた。天正4年(1576年)、上杉謙信が能登に侵攻して七尾城を包囲。一度は退いたが、翌天正5年(1577年)9月、上杉方に通じた遊佐続光の内応により開城し、対織田・抗戦派の長続連ら一族百余名が討たれた。落城の直後、謙信は救援に向かった織田軍を手取川の戦いで大破した。だが翌天正6年(1578年)に謙信が急死すると能登支配は揺らぎ、天正9年(1581年)には織田方が回復、の…