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文禄3年(1594年)に旧北条家臣・橘川兄弟が勧請した綾瀬寺尾の鎮守・享保・元文期の本殿・拝殿が現存し大正6年に大山から担いで運ばれた神輿を伝える
小田急江ノ島線「高座渋谷」駅から徒歩約20分
神奈川県綾瀬市寺尾中1-3-38
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神奈川県綾瀬市寺尾中に鎮座する古社。祭神は大己貴命(大国主命)。文禄3年(1594年)、小田原北条氏滅亡後にその旧家臣・橘川忠重と弟忠頼が小田原の白髭神社を勧請して創建した。江戸中期には本殿(享保16年・1731年)と拝殿(元文3年・1738年)が整備され、いずれも現在も残る。大正6年(1917年)には大山の宮大工・手中明王太郎が製作した神輿が大山から人力で担いで運ばれたという伝承が今も語り継がれる。例大祭(9月21日)では御輿渡御が行われ、宮出しから宮入りまで地区を練り歩く姿は綾瀬寺尾地区の秋の風物詩。現在は五社神社が兼務社として管理する。
子之社は文禄3年(1594年)の勧請と伝わる。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐で後北条氏が滅んだ後、その旧家臣であった橘川忠重と弟忠頼が当地に土着し、小田原市の白髭神社を勧請して寺尾の鎮守神として祀ったとされる。社名「子之社(ねのしゃ)」は祭神・大己貴命の縁日が子(ね)の日であることに由来するとも伝わる。江戸中期には社殿が整備され、本殿は享保16年(1731年)、拝殿は元文3年(1738年)に造営された。両社殿はいずれも現在も残り、江戸期の地方社殿建築の様式を伝えている。大正期には地域の氏子が神輿奉納を発願し、大山の宮大工・手中明王太郎に製作を依頼。完成した神輿は大正6年(1…
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御祭神「大己貴命(おおなむちのみこと)」のご神徳に由来
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