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JR鎌倉駅東口から徒歩15分
神奈川県鎌倉市雪ノ下3丁目(清泉小学校付近)
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治承4年(1180年)、源頼朝が鎌倉に入り御所を構えた地で、鎌倉幕府の政庁「大倉御所」の跡地。北条政子と頼朝が暮らし、武家政権の政務が執り行われた日本史上の転換点となる場所。現在は石碑のみが残るが、清泉小学校付近に位置し、鎌倉を代表する史跡の一つ。頼朝の死後も政子・義時らがここで幕府を支えた。鎌倉幕府約150年の歴史の原点として国指定史跡となっている。鶴岡八幡宮から東へ徒歩約10分の場所に位置する。
1180年、源頼朝がこの地に御所を構え、鎌倉幕府の政庁とした。現在は石碑が残るのみだが、ここから日本の武家政治が始まった歴史的な場所。
政子は頼朝と共にこの大倉御所で暮らし、鎌倉幕府の政務を間近で見守った。頼朝の死後は「尼御台」として御所に留まり、息子たちの将軍職を支え、実質的な最高権力者として幕政を主導した。
治承4年(1180年)、鎌倉に入った頼朝がこの地に御所を構え、武家政権の政庁とした。ここから征夷大将軍として日本初の武家政権を指揮し、約150年続く鎌倉幕府の礎を築いた。
時政は頼朝の舅として幕府創設を支え、初代執権に就任。しかし権力を独占しようとして元久2年(1205年)に義時・政子によって追放された。
義時は二代執権としてこの幕府の地で政務を執った。父・時政を追放した後、実質的な幕府の最高権力者となり、執権政治の基礎を築いた。
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