spot/[id]

ホーム
>
都道府県から探す
>
神奈川県
>
鎌倉市
>
JR鎌倉駅
>
大倉幕府跡
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
大倉幕府跡
神奈川県
創建
1180
種別
史跡
アクセス
JR鎌倉駅東口から徒歩15分
神奈川県鎌倉市雪ノ下3丁目(清泉小学校付近)
Google Map で開く ↗
基本情報
史跡
創建 1180
846年目
概要
治承4年(1180年)、源頼朝が鎌倉に入り御所を構えた地で、鎌倉幕府の政庁「大倉御所」の跡地。北条政子と頼朝が暮らし、武家政権の政務が執り行われた日本史上の転換点となる場所。現在は石碑のみが残るが、清泉小学校付近に位置し、鎌倉を代表する史跡の一つ。頼朝の死後も政子・義時らがここで幕府を支えた。鎌倉幕府約150年の歴史の原点として国指定史跡となっている。鶴岡八幡宮から東へ徒歩約10分の場所に位置する。
由緒
1180年、源頼朝がこの地に御所を構え、鎌倉幕府の政庁とした。現在は石碑が残るのみだが、ここから日本の武家政治が始まった歴史的な場所。
北条政子とのつながり
政子は頼朝と共にこの大倉御所で暮らし、鎌倉幕府の政務を間近で見守った。頼朝の死後は「尼御台」として御所に留まり、息子たちの将軍職を支え、実質的な最高権力者として幕政を主導した。
源頼朝とのつながり
治承4年(1180年)、鎌倉に入った頼朝がこの地に御所を構え、武家政権の政庁とした。ここから征夷大将軍として日本初の武家政権を指揮し、約150年続く鎌倉幕府の礎を築いた。
北条時政とのつながり
時政は頼朝の舅として幕府創設を支え、初代執権に就任。しかし権力を独占しようとして元久2年(1205年)に義時・政子によって追放された。
北条義時とのつながり
義時は二代執権としてこの幕府の地で政務を執った。父・時政を追放した後、実質的な幕府の最高権力者となり、執権政治の基礎を築いた。

ゆかりの人物
4

もっと見る · 1
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U