大阪市中央区大手前に位置する江戸幕府の町奉行所跡で、寛永2年(1625年)に西町奉行所と共に設置された大坂町奉行所の東側の事務所。大坂市中の東部(天満・北浜東部・上町台地など)を管轄し、東西両奉行所が月番制(一月交代)で大坂三百年の市政・司法・警察を担った。東町奉行所は大阪城の西側・大手前(大阪城大手門の前)に置かれ、大坂城代・城代家老と連携して大坂の政治・治安維持の中枢機能を担った。歴代奉行には、水野忠邦の天保改革期の矢部定謙、勝海舟の父・勝小吉の縁者など、幕末維新期の重要人物が名を連ねた。明治維新の王政復古で廃止され、跡地は明治以降に大阪府庁舎敷地として利用された。現在は大阪合同庁舎第4号館付近に跡地を示す石碑が立ち、大坂三百年の幕府行政を今に伝える。東西町奉行所は共に大阪城と城下町をつなぐ要衝に置かれ、江戸幕府の大坂支配の実務機関として機能した。