645年、大化の改新後に孝徳天皇が難波長柄豊碕宮(前期難波宮)を造営し、ここに都を置いた。この宮は日本の律令国家形成における最初期の本格的な宮殿とされ、天皇の政務を執り行う朝堂院や大極殿などが整備されたと考えられている。686年頃に一度廃絶した後、726年には聖武天皇が同地に後期難波宮を造営し、副都として機能した。後期難波宮は奈良時代を通じて重要な政治的拠点であったが、9世紀以降は次第に衰退し、平安時代には廃都となったとされる。その後、地下に埋没した状態で長らく忘れられていたが、1954年に山根徳太郎博士らによる本格的な発掘調査が開始され、前期・後期両宮の朝堂院・大極殿・朝集殿などの遺構が相次…