神功皇后が三韓征伐の帰途、松原に素盞嗚尊の神霊を奉斎したのが始まりと伝わる古社で、奈良時代には既に摂津国の重要な社として知られていたとされる。江戸時代には摂社の大国主神社が「木津の大国さん」として浪速商人の篤い崇敬を受け、商売繁盛・福徳円満の神として隆盛した。木津川河口に近いこの地は、浪速の商業の中心に位置し、廻船問屋・仲買商人らが商売の成功を祈って参拝した。明治以降は敷津松之宮と大国主神社が並立する形で整備され、境内の大国主命像は日本最大級とされる。地下鉄大国町駅の駅名はこの大国主神社に由来し、現在も毎年1月の十日戎に多くの参拝者が訪れる。