横須賀市三春町に位置する浄土宗の寺院。山号は常勝山、院号は海潮院。寛永13年(1636年)、昭誉登道上人が鎌倉・光明寺(現・神奈川県鎌倉市材木座)の念仏道場として開創した。本尊は阿弥陀如来で、脇侍に観世音菩薩・勢至菩薩を配する阿弥陀三尊形式を採る。京急本線堀ノ内駅の目と鼻の先に位置し、古くから三春町の地域住民の菩提寺として親しまれてきた。境内には江戸時代に寺子屋(地域の読み書き算盤を教えた私塾)を開設していた当時の記憶を伝える筆子塚(寺子屋で学んだ子どもたちや師匠を供養する石塔)が現存し、庶民教育と地域信仰が重なる場として大切に継承されている。大正5年(1916年)に堂宇が全焼する火災に見舞われたが、大正14年(1925年)に関東大震災(1923年)後の資材を転用しながら再建を果たした。現在は境内に樹木葬霊園を備え、都市近郊の寺院として現代に法灯を受け継ぐ。
了正寺の歴史は、江戸初期の寛永13年(1636年)に昭誉登道上人が鎌倉・光明寺の念仏道場として創建したことに始まる。光明寺は建長元年(1249年)に開かれた浄土宗の大寺で、関東における念仏信仰の中心地の一つであり、了正寺はその教線が三浦半島へと広がる拠点として機能した。江戸時代を通じて三春町(旧・三春村)の鎮守寺として地域に根付き、境内に寺子屋を開設して読み書き算盤を教えた。寺子屋は江戸中期から後期にかけて盛んとなり、境内に残る筆子塚はその教育活動の記憶を今に伝える。明治維新による神仏分離・廃仏毀釈の影響も受けつつ、浄土宗寺院として法灯を維持した。大正5年(1916年)、出火により本堂・庫裏を…