神野公園の地は、佐賀藩10代藩主・鍋島直正が嘉永年間(1846〜1855年)に造営した別邸「神野のお茶屋」を起源とする。直正は幕末の佐賀藩近代化を推進した名君として知られ、反射炉や蒸気船など西洋技術の導入に注力する一方、みずからの休息の場として神野に大名庭園を整えた。池泉を中心とした庭園と茶室は、江戸末期の大名文化の粋を集めたものであった。明治維新後、鍋島家の別邸としての用途が失われると、この地は佐賀県に移管され、市民の憩いの場として整備が進んだ。1927年(昭和2年)に神野動物園が開園し、公園と動物園が一体となった複合施設として発展してきた。現在は桜・牡丹の春景色と紅葉の秋景色で知られる佐賀…