三浦市白石町に位置する浄土真宗本願寺派(西本願寺末)の寺院。山号は泰平山。寛喜2年(1230年)、京都丹波出身の僧・桑田永教が比叡山延暦寺で修行した後、鎌倉に天台宗寺院として創建した。のちに桑田永教は親鸞聖人の教えに帰依し、寺を浄土真宗へと転派させた。天文元年(1531年)に三崎・西の浜へ移転して「海岸山西福寺」と改称し、江戸時代には現在地(幕府の船奉行・向井正綱の屋敷跡)へ移転して「泰平山最福寺」と改名した。向井正綱は戦国末期から江戸初期に活躍した水軍の将で、三崎を拠点とした幕府海軍の礎を築いた人物である。現在は正月の三浦七福神参拝や樹木葬などで地域住民の縁を深めながら、800年近い歴史の法灯を守り続けている。
最福寺の歴史は、鎌倉時代の寛喜2年(1230年)に始まる。京都丹波出身の僧・桑田永教は、比叡山延暦寺で天台宗の修行を積んだのち、鎌倉の地に天台宗の寺を草創した。しかし桑田永教はその後、越後の親鸞聖人の教えに深く帰依し、寺を浄土真宗へと転派させた。これが三浦半島に浄土真宗の教えが根付く早い事例のひとつとなった。
戦国期の天文元年(1531年)、戦乱と社会変動のなかで寺は鎌倉から三崎の西の浜(現・三浦市三崎地内)へ移転し、「海岸山西福寺」と改めた。三崎はこの頃、三浦氏の拠点から後北条氏の支配へと移行しつつある戦略的な港湾地帯であり、浄土真宗寺院として漁業・商業共同体の信仰を集めた。
江戸時代に入り…