三鷹市下連雀に鎮座する神明社で、祭神は天照大御神。明暦3年(1657年)の明暦大火で神田連雀町(現・千代田区神田司町周辺)の住民が焼け出され、幕府の武蔵野開拓政策により集団移住してこの地を開拓した際、故郷の氏神を勧請して創建された。これが「連雀村」の起源で、地名は移住元の連雀町に由来する。明暦の大火を契機に生まれた武蔵野新田7村(上連雀・下連雀・牟礼・北野・大沢・井口・野崎)のうち下連雀村の鎮守として、江戸時代から信仰を集めてきた。境内には江戸期の石灯籠・石造狛犬・庚申塔・地蔵菩薩像などが現存し、明暦以降360年を超える下連雀の歴史を静かに見守ってきた。毎年9月の例大祭では山車と神輿が下連雀の町内を渡御し、江戸以来の祭礼文化を伝える。吉祥寺四軒寺と同じく明暦大火後の武蔵野開拓の歴史を物語る貴重な史跡。