慶長13年(1608年)、徳川家康の次男・結城秀康の位牌所として建立された浄土宗の寺院。山号は浄光院。開山の孫公和尚は紀州加太の出身で、持病の腰痛に苦しんでいたところ、淡島明神に祈願したところ夢に淡島明神が現れて灸の秘法を伝授した。和尚はこの霊験に感謝して加太から淡島明神を勧請し、境内に淡島堂を建立。以来「淡島の灸」として江戸市民に広く知られ、灸の施術を求めて多くの参詣者が訪れた。江戸時代には「淡島の灸」と「針供養」の二大名物で賑わい、さらに富士講の拠点としても人気を博した。現在も毎年2月8日に針供養が行われ、世田谷区無形民俗文化財に指定されている。境内には高さ約12mの富士塚が残り、往時の富士講信仰を今に伝える。下北沢駅至近の住宅街に佇む、江戸庶民信仰の生きた記念碑。