慶長9年(1604)、玄応大和尚が江戸城内紅葉山に創建したと伝わる天台宗の寺院。山号は竹園山、院号を教学院、寺号を最勝寺という。開創後は赤坂三分坂へ移り、寛永8年(1631)に青山南町4丁目へ移転。その後2度の火災で古記録を失い、明治41年(1908)に現在の世田谷区太子堂に移転した。目青不動明王は、元来麻布の観行寺(正善寺とも)に安置されていた秘仏。同寺が明治15年(1882)に廃寺となったのを機に、当院に移された。前立(まえだち)の青銅製不動明王像は寛永19年(1642)の作で、脇侍に閻魔大王と奪衣婆を配することから「青山のお閻魔さま」とも呼ばれた。江戸五色不動(目黒・目白・目赤・目青・目…