横浜市緑区新治町に鎮座する神社で、通称「新治神明社」。祭神は天照大御神の別名である大日孁貴命(おおひるめむちのみこと)。旧榎下村(えのしたむら、現在の新治町一帯)の鎮守として祀られてきた。江戸時代後期の地誌『新編武蔵風土記稿』(1830年編纂)によれば、当時の社地は「見捨地、六畝(ろくせ)」というわずかな広さで、社殿は「二間に二間半、南向き」と記され、当初は八幡社として記録されていたともいう。宝永7年(1710年)に社殿を新築し、享保8年(1723年)には修覆(しゅうふく)が行われた。別当(べっとう、神社を管理した寺院)は隣接する円光寺が務めていた。相殿・境内社は特になく、シンプルな社の形態を今日まで保っている。
新治神明社の創建年代は不詳である。江戸時代後期に編纂された『新編武蔵風土記稿』には、当時の社地が「見捨地、六畝」というごく狭い土地であったこと、社殿が「二間に二間半、南向き」であったことが記録されており、当初は八幡社として記されていた可能性が指摘されている。旧榎下村(現・新治町)の鎮守として、村人たちの信仰を集めてきた小規模な神社である。宝永7年(1710年)に社殿が新築され、享保8年(1723年)には修覆が行われた記録が残る。神仏習合の時代には隣接する円光寺が別当として管理を担い、明治の神仏分離後は独立した神社として維持されてきた。祭日は10月1日。相殿・境内社を持たないシンプルな社殿構成は…