万治元年(1658年)、薩摩藩第3代藩主・島津光久が桜島を望む磯の地に別邸を造営したのが仙巌園の起源である。以後、歴代藩主の別邸として整備が重ねられ、桜島を借景に錦江湾を前面に配した雄大な庭園は近世大名庭園の典型として発展した。19世紀中頃、第28代藩主・島津斉彬は仙巌園に隣接する地に「集成館」と称する一大近代工場群を建設した。反射炉・溶鉱炉・ガラス工場・紡績工場など多様な施設を擁するこの事業は、日本における近代工業化の先駆けとして高く評価されている。明治維新後、集成館の一部建屋は石造洋風建築として改築・保存され、島津家の歴史と斉彬の近代化事業を伝える博物館「尚古集成館」として活用されてきた。…