仙巌園は1658年(万治元年)、薩摩藩第19代藩主・島津光久によって造営された大名庭園である。桜島と錦江湾を借景として取り込む雄大な設計は、日本庭園の中でも随一の景観として広く知られる。江戸時代を通じて島津家の別邸として整備・拡張が続けられ、庭園内には中国の廬山になぞらえた「錫山」など多彩な景観要素が配された。19世紀中頃、第28代藩主・島津斉彬は仙巌園に隣接する地に集成館事業を起こし、反射炉・溶鉱炉・紡績機械など西洋技術を導入した近代工業施設群を整備した。これは日本における近代化の先駆けとして評価されており、2015年には尚古集成館を含む旧集成館施設群が「明治日本の産業革命遺産」の構成資産と…