砂氷川社の創建年代は不詳だが、江戸時代後期の地誌『新編武蔵風土記稿』にその名が記されており、当時すでに一定の格式を備えた鎮守社として存在していたことが確認できる。当地は寿永元年(1182年)に上野国山田郡の山田七郎成実が開拓したと伝えられており、鎌倉初期の農村開発の記憶が地域の口承に残っている。
神仏分離以前は天台宗の大聖寺(艮障山寿命院)が別当寺として神社の祭祀を担っていたが、明治5年(1872年)に廃寺となった。明治6年(1873年)には近代社格制度により村社に列格される。
明治22年(1889年)、今羽・西本郷・土呂・大和田・堀崎・島・砂の七か村が合併して大砂土村が成立すると、砂氷川…