諏訪原城
諏訪原城
静岡県
武田勝頼が遠江攻略の拠点に築き、徳川家康が奪って「牧野城」と改めた巨大丸馬出の城——続日本100名城
創建
1573
種別
アクセス
JR金谷駅から徒歩約30分
静岡県島田市菊川
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基本情報
創建 1573
453年目
概要
静岡県島田市、大井川を見下ろす牧之原台地に築かれた山城。天正元年(1573年)、武田勝頼が遠江・東海道への進出拠点として築かせたと伝わる(普請奉行は馬場信春とも)。城内に勧請した諏訪大明神にちなんで諏訪原城と呼ばれた。武田流築城の特徴である巨大な丸馬出(半円形の防御施設)が連なる縄張りで知られる。天正3年(1575年)の長篠の戦いの直後、徳川家康がこの城を攻め落として「牧野城」と改名し、以後は高天神城攻略の前線拠点として活用した。天正18年(1590年)の家康の関東移封に伴い廃城。現在は国の史跡・続日本100名城として、よく復元された丸馬出や三日月堀の遺構を歩いて体感できる。
由緒
天正元年(1573年)、武田信玄の死の直後に家督を継いだ武田勝頼が、遠江攻略の拠点として大井川西岸の牧之原台地に諏訪原城を築かせたと伝わる。普請を担ったのは武田家中の築城名人・馬場信春とも伝えられる(『甲陽軍鑑』による伝承)。城名は城内に祀った諏訪明神に由来する。しかし天正3年(1575年)5月、長篠の戦いで武田軍が織田・徳川連合に大敗すると、同年7〜8月に徳川家康が諏訪原城を攻め落とし、「牧野城」と改名した。家康は天正9年(1581年)の高天神城攻略戦でも本城を補給・前線拠点として活用し、遠江から武田勢力を一掃していった。天正18年(1590年)の徳川氏の関東移封に伴い廃城となった。武田・徳…
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