天長4年(827年)、慈覚大師円仁が淳和天皇の勅命を受け、標高341mの太平山山上に創建したと伝わる。天照大御神・豊受大神を主祭神とし、のちに学問の神・菅原道真が合祀された。中世には関東の武将たちから崇敬を受け、社運は栃木の地に根付いていったとされる。近世、江戸時代には徳川幕府および地域領主の庇護のもと社殿の整備が進められ、栃木市(旧栃木町)の総鎮守として広く信仰を集めた。明治時代の神仏分離令により、それまで神仏習合の形態をとっていた境内は改められ、純粋な神社として再編された。近代以降は縁結び・合格祈願・厄除けの霊験あらたかな社として知られるようになり、受験シーズンを中心に多くの参拝者が訪れる…