弘仁12年(821年)嵯峨天皇の勅願により空海が開創した真言宗の古刹。大坂夏の陣で亡くなった淀殿の墓が残り、豊臣家滅亡の歴史を今に伝える。四天王寺七宮寺の一つとして古来信仰を集める。淀殿(茶々)の墓は大坂夏の陣で自害した悲劇の女性の霊を弔うものとして、豊臣時代の歴史ファンが訪れる聖地となっている。源融(みなもとのとおる)が寺号を寄進したという縁から「融通念仏宗」と関わりが深く、境内には皇族・貴族ゆかりの格調ある文化財が伝わる。大阪市北区のにぎやかな街中に静かに佇む古刹として、都市と信仰の共存する大阪らしい寺院文化を体現している。