JR琵琶湖線石山駅からバス約10分(建部大社前下車)
滋賀県大津市神領1-16-1
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病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「日本武尊(やまとたけるのみこと)」のご神徳に由来
滋賀県大津市神領に鎮座する近江国一宮で、主祭神は日本武尊(ヤマトタケル)。景行天皇46年(116年伝)、日本武尊の妃・布多遅比売命(ふたぢひめのみこと)が近江国神崎郡建部郷(現在の東近江市付近)に夫の御霊を奉斎したのが始まりで、天武天皇4年(675年)に現在地に遷座したと伝わる。延喜式神名帳(927年)には名神大社として記載され、明治期には官幣大社に列格。武運長久・出世開運の神として武将たちの崇敬を集めた。特に治承4年(1180年)、伊豆配流からの脱出を経て源平合戦に向かう源頼朝が参拝し、源氏再興と武運長久を祈願したという伝承で知られる。境内には樹齢千年を超える三本杉の御神木、日本武尊ゆかりの宝物を展示する宝物殿があり、近江八景の一つ「瀬田の唐橋」にも程近い。JR琵琶湖線石山駅からバス約10分。
建部大社の創建は景行天皇46年(116年伝)にさかのぼると伝わる。日本武尊(ヤマトタケル)の妃・布多遅比売命が、近江国神崎郡建部郷(現在の東近江市付近)に日本武尊の御霊を奉斎したのが起源とされる。日本武尊は『古事記』『日本書紀』に伝説的英雄として描かれ、東征・西征で各地を平定した武勇の神として信仰された。
天武天皇4年(675年)、現在地である大津市神領(瀬田)に遷座し、近江国一宮として位置づけられた。この遷座は天武天皇による国家的な祭祀整備の一環と考えられる。瀬田は古代から東海道・東山道の交通の要衝であり、建部大社は国家鎮護の社として重要な位置を占めるようになった。延喜式神名帳(927年)…
治承4年(1180年)8月、伊豆に流されていた源頼朝は以仁王の令旨を受けて挙兵。石橋山の戦いに敗れた後、安房に逃れて再起し、平家追討の途上に建部大社へ参拝して源氏再興を祈願したと伝わる。武勇の神・日本武尊への祈願は武家政権樹立を志す頼朝にとって重要な精神的儀式であり、後年鎌倉幕府成立後にも建部大社は武家からの篤い崇敬を受け続けた。
天武天皇4年(675年)、当社は近江国神崎郡建部郷の旧地から現在地である瀬田の地へ遷座した。これは天武天皇による国家的な祭祀整備の一環と考えられ、近江国一宮としての位置づけが確立する契機となった。瀬田は古代から東海道・東山道の要衝で、建部大社が国家的祭祀の中心の一つとなった意義は大きい。
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