天正13年(1585年)、豊臣秀吉による四国征伐の後、阿波国を与えられた蜂須賀家政が徳島城を築城した。城は標高61メートルの城山(渭山)を本丸とし、山麓の平地に二の丸・三の丸を展開する複合式縄張りを採用した平山城である。石垣には阿波特産の緑色片岩(阿波の青石)が用いられ、独特の景観を形成した。江戸時代を通じて蜂須賀氏は阿波・淡路25万石の大名として城に拠り、約250年にわたり阿波国を統治した。城下町は阿波踊りの発祥地としても栄え、城郭とともに地域文化の中心をなした。明治維新後の廃城令(1873年)により建造物の多くは解体・撤去されたが、石垣や堀の一部は現存する。昭和初期には城跡が公園として整備…