山の上古墳は群馬県前橋市に所在する古墳時代後期の方墳で、石室の構造に古代東国文化の特色が色濃く表れた重要な遺構である。7世紀中頃に築造されたと推定され、横穴式石室を持つ。前橋市一帯の総社古墳群はその中心に位置し、古代上野国の中核的な支配者層が築いた墓域として知られる。山の上古墳周辺には同じく有力豪族の墳墓である宝塔山古墳や蛇穴山古墳が隣接しており、これら三古墳は「総社古墳群」として一体的に管理・公開されている。前橋市内に残るこれらの古墳の石室は、いずれも巨大な切石や川原石を用いた精緻な構造を持ち、古墳時代後期の関東における石工技術の高さを示している。遣唐使の時代と重なる7世紀後半は、中国・朝鮮半島からの文化的影響が日本全土に及んだ時期でもあり、石室の建築様式にもその影響が見て取れる。現在は国の史跡として保護されており、春の桜や秋の紅葉を背景に見学できる。