建久2年(1191年)、下野国の武将・宇都宮頼綱の開基と伝わる。頼綱は鎌倉幕府の有力御家人でありながら出家して法然に帰依し、蓮生(れんしょう)と号した念仏者として知られ、当寺もその浄土信仰のもとに開かれたとされる。その後一時衰えたが、明知城主・小野田長安と傍示本城主・加藤時利が美濃国から達智上人を招き、嘉慶3年(1389年)にかけて再興した。室町時代には勅願道場となり、後小松天皇・後柏原天皇らがたびたび勅使を派遣して国家安泰を祈らせたと伝わる。戦国期から近世にかけては、織田氏・豊臣氏・徳川氏ら歴代の支配者から寺領安堵の墨印を受け、格式ある寺院として保護された。永禄3年(1560年)5月、桶狭間…