光明寺は名古屋市緑区鳴海町丹下に位置する曹洞宗の寺院で、弘治2年(1556年)に現在地へ移ったと伝わる。寺の背後には清水寺の遺跡が残り、戦国期にはこの高台一帯が軍事上の要地となった。永禄年間、今川義元の勢力下にあった鳴海城(城主・岡部元信ら)を攻略するため、織田信長は城の周囲に複数の付城(とりで)を築いた。そのひとつが光明寺一帯に設けられた丹下砦である。永禄3年(1560年)5月、桶狭間の戦いに臨んだ信長は、清洲城を出て熱田神宮で戦勝を祈願したのち、まず丹下砦へ入り、さらに善照寺砦・中嶋砦へと進んで今川本隊に迫ったと伝えられる。すなわち当地は、信長が今川義元を討ち取った桶狭間合戦の進軍経路上に…