結城神社の起源は、南北朝時代の忠臣・結城宗広の死去に遡る。宗広は下総国結城氏の出身で、後醍醐天皇に仕えて建武の新政を支えた武将である。暦応元年(1338年)、奥州から京へ上る途次、伊勢国安濃郡のこの地で没したとされる。その後、宗広を慕う人々によって祠が建てられ、霊を祀ったのが当社の創始と伝わる。中世・近世を通じて南朝の忠臣を顕彰する社として地域の信仰を集めてきたが、規模は比較的小さかったとされる。明治維新後、明治政府が南朝の正統性を公認したことで南朝忠臣への顕彰が国策となり、明治15年(1882年)には別格官幣社に列せられ、国家の管理する神社として整備・拡充された。これにより社殿が整備され、境…