一ノ谷の戦いで、馬も通れぬ断崖から騎馬隊を駆け下ろし平氏の背後を奇襲。軍事的天才の名を決定づけた。
衣川の戦いで弁慶は義経を守るため橋の上に立ちはだかり、矢を全身に受けて立ったまま絶命した。
「義経記」から能・歌舞伎、そして大河ドラマ「義経」(2005年)やアニメ「遮那王義経」まで、日本で最も創作の題材となった武将の一人。判官贔屓(ほうがんびいき)の語源。
壇ノ浦で平氏を滅ぼした後、兄・頼朝に入鎌を拒否された義経が腰越(現・鎌倉市)から涙ながらに送った弁明の手紙。「涙を押さえて筆を染める」と訴えたが、頼朝の心は動かなかった。