1271年、一遍は紀伊国(現在の和歌山県)の**熊野権現(那智大社)**を参拝した際、神がかり的な啓示を受けます。
「念仏の功徳は、信じる者にも信じない者にも、すべての人に平等に及ぶ」
この「絶対他力(ぜったいたりき)」の境地こそ、一遍の教えの核心でした。阿弥陀仏の本願(ほんがん)は条件なくすべての人に届くという考えは、当時の仏教界では革新的な発想でした。
啓示を受けた一遍は、「南無阿弥陀仏 決定往生六十万人」と書かれた念仏の名号札(賦算・ふさん)を人々に配りながら全国を遊行する生涯を歩み始めます。
一か所に留まることなく、25万人以上に念仏札を配ったとされています。