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神武天皇の東征——日本建国神話と橿原神宮が伝える初代天皇の物語
日本の初代天皇・神武天皇は、日向(宮崎)を出発し、幾多の戦いを経て大和(奈良)を平定したとされます。古事記・日本書紀に記されたこの「神武東征」は、なぜ2月11日が「建国記念の日」になったかを教えてくれる日本最古の物語です。橿原神宮・宮崎神宮ゆかりの聖地を訪ねながら、建国の神話を読み解いていきましょう。
深く読み解く一冊
目次
MOKUJI
神武東征とは何か——日向から大和へ
天岩戸の神話——天照大神と日本の最高神
第2代天皇・綏靖天皇——皇統の継承
神武天皇ゆかりの地を訪ねよう
よくある質問
橿原神宮——神武天皇が即位した橿原の宮の跡地に明治23年創建された神宮
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
日本には紀元前660年に初代天皇が即位したとされる古い伝承があります。その天皇こそ**神武天皇(じんむてんのう)**です。古事記・日本書紀に記された神武天皇の物語は、日本という国がどのように生まれたかを語る「建国神話」であり、現在も毎年2月11日の「建国記念の日」としてその精神が受け継がれています。
神武東征とは何か——日向から大和へ
旅立ちの地・日向(宮崎)
神武天皇の物語は、現在の宮崎県にあたる「日向(ひゅうが)」から始まります。天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫として生まれた神武天皇(本名:神日本磐余彦尊〈かむやまとイワレビコのみこと〉)は、日向の地に宮居を構えていましたが、「東の国を平定して国を治めよ」という神意を受け、東方への大遠征を決意しました。
宮崎県宮崎市に鎮座する宮崎神宮は、神武天皇が東征へ旅立った宮居の跡地とされ、日本建国神話の総本社として知られています。宮崎の地が「神話の国・宮崎」と呼ばれるのは、この建国神話が深く根付いているからです。
東征の道のり——試練と勝利
神武天皇の東征は決して平坦な旅ではありませんでした。海路で瀬戸内海を経て大阪湾へ進んだ天皇一行は、河内(現在の大阪府)の地で**長髄彦(ナガスネヒコ)**の軍と激しく戦います。しかし「日が輝く東を向いて戦うのは天の理に反する」と判断し、南の熊野を迂回する道を選びました。
熊野では荒ぶる神の毒気にあてられて危機に陥りますが、夢のお告げで授かった**霊剣(布都御魂〈ふつのみたま〉)の力と、高木神の遣いである八咫烏(やたがらす)**の道案内によって救われます。三本足のカラス・八咫烏は、現在もサッカー日本代表のエンブレムとして親しまれています。
大和平定と即位
艱難辛苦の末、神武天皇はついに大和(現在の奈良県)を平定し、紀元前660年1月1日(日本書紀の記述による神武暦)に橿原(かしはら)の地で初代天皇として即位しました。この橿原こそ、現在の奈良県橿原市にあたります。
宮崎神宮——神武天皇が日向から東征へ旅立った宮居の跡地に鎮座する日本建国神話の総本社
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
橿原神宮は、神武天皇が即位した橿原の宮の跡地に明治23年(1890年)に創建された神宮です。神武天皇と皇后・媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)を御祭神として祀り、広大な境内と深い杜に包まれた荘厳な空気は、日本建国の聖地にふさわしい格式を今に伝えています。2月11日の建国記念の日には紀元祭が盛大に行われ、全国から多くの参拝者が訪れます。
天岩戸の神話——天照大神と日本の最高神
天照大神と天岩戸——岩戸に隠れた太陽神が八百万の神々に引き出される場面を描いた神話絵画
Wikimedia Commons / Public Domain
神武天皇の物語とあわせて覚えておきたいのが、その祖先である**天照大神(あまてらすおおみかみ)**の神話です。天照大神は日本神話における最高神であり、天皇家の皇祖神として伊勢神宮の主祭神に祀られています。
天岩戸に隠れた太陽神
弟の**スサノオノミコト(素盞嗚尊)**の乱暴な行いに嘆いた天照大神は、天岩戸(あまのいわと)と呼ばれる洞窟に身を隠してしまいました。すると世界は暗闇に包まれ、悪霊が跋扈し、農作物も育たなくなったといいます。
この状況を打開しようと、高天原(たかまがはら)に住む八百万の神々が天岩戸の前に集まり、大宴会を催しました。天宇受売命(アメノウズメノミコト)が陽気な舞を披露し、神々が大笑いするのを聞いた天照大神は「こんな暗い中でなぜ笑っているのか」と不思議に思い、岩戸を少し開けて外をのぞきました。その瞬間、隠れていた天手力男神(アメノタヂカラオノミコト)が岩戸を引き開け、世界に光が戻ったとされます。
天岩戸ゆかりの聖地
宮崎県の天安河原(あまのやすかわら)は、この神話の舞台の一つとされています。八百万の神々が天照大神をどうやって岩戸から引き出すか相談したといわれる場所であり、現在も参拝者が積み上げた無数の小石が洞窟内を埋め尽くす、神秘的な雰囲気の聖地です。
第2代天皇・綏靖天皇——皇統の継承
欠史八代とは
神武天皇の後を継いだのが第2代天皇・**綏靖天皇(すいぜいてんのう)です。古事記・日本書紀によると、神武天皇の皇子のうち、先に生まれた多芸志美美命(タギシミミ)**が異母弟たちを謀殺しようとしたところ、母からの情報を得た綏靖天皇(当時:神八井耳命の弟)がこれを先制して討ち果たし、皇位を継承しました。
綏靖天皇から第9代・開化天皇まで(第2〜9代)は「欠史八代(けっしはちだい)」と呼ばれ、古事記・日本書紀に事績の詳細な記録が乏しく、実在については諸説あります。これは神話と歴史の境界線上にある時代であり、日本の歴史研究における重要な謎の一つです。
天皇
記紀上の在位
特徴
第1代 神武天皇
紀元前660〜
東征・橿原で即位。建国神話の主役
第2代 綏靖天皇
タギシミミを討って即位。欠史八代の始まり
第3〜9代
欠史八代(詳細記録乏しい)
第10代 崇神天皇
3〜4世紀頃
「初国知らしし御真木天皇」。実在可能性が高い最初期の天皇
なぜ「欠史八代」は記録が薄いのか
研究者の間では、欠史八代の天皇は実在した可能性があるものの、記紀が編纂された8世紀初頭(712年・720年)には詳細な記録が残っておらず、系譜のみが伝わっていたとする説が有力です。一方で、神武天皇の即位を「紀元前660年」と設定した背景には、古代中国の干支思想に基づく聖なる数字の計算があるとも指摘されています。
天安河原ゆかりの岩戸神社——八百万の神が天照大神を引き出す相談をしたとされる霊地
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
神武天皇ゆかりの地を訪ねよう
神武天皇の建国神話を体感できるスポットを巡ることで、日本という国の原点に触れることができます。
橿原神宮(奈良県橿原市)——神武天皇即位の聖地。2月11日の紀元祭は必見。
宮崎神宮(宮崎県宮崎市)——東征の出発点、神武天皇の宮居跡。
天安河原(宮崎県西臼杵郡)——天照大神神話ゆかりの洞窟。無数の積み石が神秘的。
また、持統天皇天武天皇も日本建国の精神を受け継ぎ、律令国家を形成した重要な天皇です。奈良・飛鳥エリアには神話から飛鳥時代にかけての聖地が点在しており、ぜひ合わせて巡礼コースを組んでみてください。
神武寺(薬師堂)——古代から伝わる薬師如来信仰と神話的伝承が結びついた古刹
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
よくある質問
神武天皇は実在の人物ですか?
神武天皇は古事記(712年)・日本書紀(720年)に記された神話上の初代天皇です。「紀元前660年即位」という記述は記紀編纂時に干支思想で逆算されたとする説が有力で、史実の人物としての実在には諸説あります。ただし、日本の建国神話・皇統の根幹をなす存在として、現在も建国記念の日に橿原神宮で紀元祭が行われています。
建国記念の日はなぜ2月11日なのですか?
日本書紀の記述によると、神武天皇が橿原で即位したのは「辛酉年春正月庚辰朔」とされています。これを西暦・グレゴリオ暦に換算すると2月11日にあたるとされ、戦後に「建国記念の日」として制定されました(1967年施行)。
橿原神宮へのアクセスは?
近鉄橿原線「橿原神宮前駅」から徒歩約10分です。奈良市内から近鉄特急で約50分。周辺には飛鳥の史跡が多く、レンタサイクルでの観光がおすすめです。
最終更新日:2026年6月3日
── 了 ──
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