神武天皇の物語は、現在の宮崎県にあたる「日向(ひゅうが)」から始まります。天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫として生まれた神武天皇(本名:神日本磐余彦尊〈かむやまとイワレビコのみこと〉)は、日向の地に宮居を構えていましたが、「東の国を平定して国を治めよ」という神意を受け、東方への大遠征を決意しました。
宮崎県宮崎市に鎮座する宮崎神宮は、神武天皇が東征へ旅立った宮居の跡地とされ、日本建国神話の総本社として知られています。宮崎の地が「神話の国・宮崎」と呼ばれるのは、この建国神話が深く根付いているからです。
神武天皇の東征は決して平坦な旅ではありませんでした。海路で瀬戸内海を経て大阪湾へ進んだ天皇一行は、河内(現在の大阪府)の地で**長髄彦(ナガスネヒコ)**の軍と激しく戦います。しかし「日が輝く東を向いて戦うのは天の理に反する」と判断し、南の熊野を迂回する道を選びました。
熊野では荒ぶる神の毒気にあてられて危機に陥りますが、夢のお告げで授かった**霊剣(布都御魂〈ふつのみたま〉)の力と、高木神の遣いである八咫烏(やたがらす)**の道案内によって救われます。三本足のカラス・八咫烏は、現在もサッカー日本代表のエンブレムとして親しまれています。
艱難辛苦の末、神武天皇はついに大和(現在の奈良県)を平定し、紀元前660年1月1日(日本書紀の記述による神武暦)に橿原(かしはら)の地で初代天皇として即位しました。この橿原こそ、現在の奈良県橿原市にあたります。