901年、左大臣・藤原時平(ふじわらのときひら)の讒言(ざんげん、ありもしない罪の告げ口)によって、道真は大宰府(だざいふ、現在の福岡県)へ左遷されました。事実上の流罪です。
都を去るとき、道真は自邸の梅の木に向かって歌を詠みました。
「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
「春になって東の風が吹いたら、香りを送っておくれ、梅の花よ。主人(私)がいなくなっても、春を忘れないでおくれ」という、梅への愛着と別れの悲しみを詠んだ歌です。
道真は失意のうちに、903年、大宰府で59歳で亡くなりました。