「大宰府」は古代律令制の役所名(7世紀〜13世紀)、「太宰府」は現在の福岡県太宰府市の地名・大宰府天満宮の表記。役所としては「大」、地名・神社名としては「太」が正式表記です。混同に注意。
道真は903年大宰府で憤死、高明は3年後に京に戻り983年京で病没。同じ「大宰権帥左遷」でも生死を分けた背景には、藤原氏の処分の慎重化(高明事件以降は怨霊化を恐れた配慮)が見られます。
観世音寺の梵鐘は奈良時代鋳造で日本最古級、国宝指定。道真も「観音寺は只鐘の声を聴く」と詠んだ歴史的鐘で、現在も特定日に鳴らされます。観世音寺と隣接する戒壇院は古代仏教の九州拠点として、現代も貴重な文化財。
太宰府市は人口約7万人、年間観光客数1,000万人超(主に大宰府天満宮)。受験シーズンは特に学業祈願者で賑わう。福岡空港・博多駅から電車・バスで30分圏内のアクセス容易な観光地として、九州随一の参拝地となっています。
左遷は表向き「降格人事」(大宰権帥は名目上九州地方の最高責任者)だが、実権を与えず政庁から離れた館に蟄居させる事実上の隔離。流罪は明確な刑罰として遠隔地に送致。両者の境界は曖昧で、実質的には同じ「政治的隔離処分」として機能しました。