延暦寺の境内は、比叡山山上に広がる**東塔(とうどう)・西塔(さいとう)・横川(よかわ)**の三つの地区(塔)に分かれています。これは単に地理的な分割ではなく、それぞれ異なる教学的意義と修行の性格を持ちます。
延暦寺の中心。最澄の法灯を継ぐ「不滅の法灯」が灯る
根本中堂は延暦寺の総本堂で、現在の建物は寛永十九年(1642年)に徳川家光が再建したものです。入母屋造(いりもやづくり)の大屋根を持ち、内陣が外陣より一段低く掘り下げられた独特の構造は「穴蔵造(あなぐらづくり)」と呼ばれます。これにより、礼拝する参拝者の視線が自然と薬師如来(やくしにょらい)の目線と同じ高さになるよう設計されています。内陣には最澄点火以来「一千二百年灯り続ける」とされる**不滅の法灯(ふめつのほうとう)**があり、この炎から分灯された灯火が全国に広がったといわれます。
西塔の釈迦堂は延暦寺最古の建物で、織田信長の焼き打ち(天正元年・1571年)後に豊臣秀吉が三井寺(園城寺)から移築したものです。自然石を礎石に使う「自然石礎(じねんせきそ)」の工法が見られ、山岳修行の道場にふさわしい素朴な雰囲気を持っています。
横川の横川中堂は、源信(942〜1017年)が著した『往生要集(おうじょうようしゅう)』で知られる浄土思想の発信地です。現在の建物は昭和の再建ですが、舞台造(ぶたいづくり)の形式が周囲の深い森と調和し、静謐な祈りの空間を形成しています。