猿田彦大神の信仰は、日本各地の「道祖神(どうそじん)」信仰と深く習合してきました。道祖神とは村境・峠・辻(四つ辻)などに祀られ、旅人を守り、悪霊の侵入を防ぐとされる地霊的な神格です。石造の丸石・男女一対の像・文字碑などの形で全国に20万基以上が現存するとされ、日本の民間信仰の根幹をなす存在です。
猿田彦大神が「天の八衢」——道が交わる場所——に立っていたという神話の設定は、道祖神が辻に祀られるという信仰形態と完全に重なり合います。この神話的一致が、各地の道祖神を「猿田彦大神の化身・依代」として解釈する信仰を生み出しました。旅人が道祖神の前で手を合わせるとき、そこには猿田彦大神への祈りが込められているのです。
伊弉諾神宮が鎮座する淡路島においても、島の四方の要所には道祖神が配され、国生みと道開きの信仰が重なり合っています。住吉大社の航海神信仰と猿田彦大神の道案内の神格もまた、「未知の道を安全に渡る」という共通の祈りを持ちます。
庚申信仰(こうしんしんこう)は、中国の道教から伝来した「三尸(さんし)の虫」の思想を根幹とします。人の体内には三匹の虫が宿っており、「庚申(かのえさる)」の夜——60日に一度巡ってくる特定の干支の夜——に、寝ている間に魂が抜け出して天帝(または閻魔大王)のもとへ赴き、その人の罪を報告すると信じられていました。
この報告を防ぐために、庚申の夜は仲間が集まって一晩中眠らずに語り合う「庚申講(こうしんこう)」が行われました。眠ってはならないため、食事・酒・語らい・芸能が夜通し繰り広げられ、これが江戸時代には社交・娯楽・情報交換の場として農村コミュニティの重要な機能を果たしました。
庚申信仰の本尊として祀られるのが「青面金剛(しょうめんこんごう)」です。青い顔と六本の腕を持つこの明王像は、三尸の虫を封じ込める力を持つとされ、「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿を足元に踏まえる姿で刻まれることが多いのです。「猿(さる)」という文字が庚申(かのえ「さる」)に含まれることから、猿田彦大神と庚申信仰は名称の上でも習合しやすい関係にありました。