南海住吉大社駅すぐ
大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89
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この地で詠まれた句
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松明かしけちゃほどのありがたさよ
大坂で客死する直前、住吉大社近くで詠まれたとされる芭蕉晩年の一句。松明を消したほどの神威への感謝。
事業繁栄・開店繁盛・取引成功。稲荷神社や恵比寿神社で広く祈願される。
お祭り・行事
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住吉大社の例大祭で「おはらい」とも呼ばれる夏の大祭。住吉大社から御旅所まで神輿が渡御し、神輿洗神事では神輿を大阪湾に入れて清める。夏越大祓とともに行われ、大阪の夏を締めくくる祭り。
全国約2300社の住吉神社の総本社。初詣参拝者全国7位。仁徳天皇元年(211年)の創建と伝わる古社で、住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)と神功皇后を祀る。大阪湾に面した立地から古来航海の守護神として崇められ、大和朝廷の外交・貿易と深く関わってきた。本殿は住吉造りという日本最古の神社建築様式を今に伝える国宝で、4棟が縦に並ぶ独特の配置が特徴的。反橋(太鼓橋)は急峻なアーチが美しく大阪の名所として知られる。初詣の参拝者は約200万人を超え、大阪を代表する神社として全国的に有名である。
神功皇后が三韓征伐からの帰途、住吉三神を祀ったのが起源とされ、創建は神功皇后摂政11年(211年)と伝わる。延喜式神名帳には「摂津国住吉郡 住吉坐神社四座 並名神大」と記載され、摂津国一宮として最高格式の神社に位置づけられた。古代律令国家の対外交渉において遣隋使・遣唐使・遣新羅使の航海安全祈願が当社で執り行われ、和歌・万葉集にも住吉浦の景物が頻繁に詠まれた。平安時代には二十二社の中七社に列せられ、宮廷祭祀の中核を担った。中世には源頼朝・北条氏・足利尊氏など歴代の武家政権から崇敬を受け、社領寄進・社殿修造が継続された。鎌倉時代には住吉信仰が和歌の神としての性格も強め、藤原定家・西行など歌人の崇敬…
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神功皇后は三韓征伐(伝承上の朝鮮半島遠征)からの帰途、航海守護を願って住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)を当地に祀ったのが住吉大社の起源とされる。社伝では神功皇后摂政11年(211年)に創建されたといい、皇后自身も第四本宮の祭神として配祀されている。古代における海外交渉と航海安全祈願の神格的中核を担い、遣隋使・遣唐使・遣新羅使の航海安全祈願も住吉大社で行われた。
住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)は『古事記』『日本書紀』に記される海の神で、伊邪那岐命が黄泉国から戻った際の禊で生まれた。海上交通・航海守護を司る神格として古代から重要視され、大和朝廷の外交・貿易において必須の守護神として位置づけられた。万葉集には住吉三神を詠んだ和歌が多数収録され、王朝文学にも住吉浦の景物が頻繁に登場する。
鎌倉幕府を開いた源頼朝は住吉大社を篤く崇敬し、社領の寄進や社殿修造の支援を行った。全国に武家政権を確立する過程で、航海守護と和歌の神として名高い住吉三神への信仰を重んじ、以後北条氏・足利氏へと続く武家による住吉崇敬の先鞭をつけた。
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