794年の平安遷都に際し、桓武天皇は京都盆地の北東(鬼門方向)を守護するために上賀茂神社を王城守護の産土神として格別に重視しました。この「北方守護」の役割は、陰陽道の方位信仰と結びつき、方除けの神としての賀茂別雷大神の性格を確固たるものにしました。
平安時代を通じて天皇・上皇の行幸が繰り返され、賀茂社(上賀茂・下鴨)は伊勢神宮に次ぐ国家的権威を持つ神社として君臨しました。下鴨神社(賀茂御祖神社)と合わせて「賀茂両社」として参拝するのが正式な形です。
毎年5月15日に行われる葵祭(賀茂祭)は、上賀茂神社・下鴨神社の例大祭であり、京都三大祭(葵祭・祇園祭・時代祭)の一つです。平安時代の装束を纏った勅使行列が京都御所から下鴨神社・上賀茂神社へと向かう優雅な行列は、古代の国家祭礼の姿を今に伝えます。
行列参加者全員が二葉葵の葉を身に付けることから「葵祭」の名がつきました。
上賀茂神社の摂社**片山御子神社(片岡社)**は縁結びの神として有名で、紫式部が恋の成就を祈願したという伝説が残ります。源氏物語の中にも賀茂神社への参拝場面が登場し、平安文学との深い結びつきを示しています。