貴船神社が今日全国に知られるきっかけとなった二つの慣習が、水占いおみくじと絵馬の発祥にまつわる伝承です。いずれも古代の祈願文化が形を変えながら現代まで伝わったものであり、日本人の祈りのかたちを考える上で欠かせない事例です。
貴船神社本宮で授与される**水占いおみくじ(みずうらおみくじ)**は、一見すると白紙の紙を御神水(本宮手前の池)に浮かべると、徐々に文字が浮かび上がるという仕組みです。これは水を媒介として神意を受け取るという古代の卜占(ぼくせん)の発想に基づいており、日本最古の水占いとも伝えられています。
現代では和紙に特殊な処理を施した科学的な仕掛けですが、冷たい水面に紙がゆっくりと広がり、吉凶の文字が滲み出るように現れる体験は、知識として理解していても静かな感動を与えてくれます。静寂に身を置くと、そこに古代から続く「水に問う」という祈りの連なりを感じることができます。
現代の神社で当たり前のように見られる**絵馬(えま)**は、「絵に描いた馬」という意味です。この習慣の起源を辿ると、貴船神社の雨乞い・晴雨祈願の慣習に行き着きます。
前述の通り、古代の雨乞いでは雨を願う際に黒馬、晴天を願う際に白馬を神社に奉納するのが正式な作法とされていました(『延喜式』)。しかし生きた馬を用意できる者は限られており、次第に木や土で作った馬の像、さらには**馬を描いた板(板立馬)**へと代替されていきました。この変遷こそが、今日の絵馬の原型です。
平安時代には貴船神社における板立馬の奉納が記録に残されており、鎌倉時代以降には馬以外の絵柄(人物・動物・風景等)が描かれるようになり、江戸時代には全国の社寺で絵馬が定着しました。一枚の木の板に願いを書き付けて神前に掲げるという行為に、「言葉を形にして神に渡す」という祈りが込められています。