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BASICS
絵馬——板に託す千年の祈りの起源と歴史:歴史・由緒・参拝のすべて
神社の絵馬掛けに揺れる無数の小板——受験合格・縁結び・病気平癒の祈りが墨書される。絵馬の起源は古代の生馬奉納にさかのぼり、雨乞いに黒馬・晴乞いに白馬を捧げた慣習が庶民の知恵で「板に描いた馬」へ置き換えられた。貴船神社を発祥とするこの習俗は奈良・平安期に大型奉納絵馬として発展し、江戸期に天神信仰とともに全国へ広まった。
目次
MOKUJI
絵馬の発祥——貴船神社と生馬から「板立馬」へ
奈良・平安期の大型奉納絵馬——住吉大社と厳島神社
天神信仰の広まりと受験絵馬——北野・湯島・太宰府
博多・櫛田神社と地域性豊かな絵馬文化
変わり種絵馬と現代の多様化——ハート型・桃型・動物型
奉納絵馬の文化財としての価値
参拝時のポイント——絵馬の奉納と絵馬殿の楽しみ方
よくある質問
十二月、京都・北野天満宮の境内に入ると、絵馬掛けはすでに満杯に近い。五角形の小板が幾重にも重なり、冬の風が吹くたびにいっせいに揺れる。「〇〇大学合格祈願」「家族の健康」「縁結び成就」——一枚一枚に違う字で、違う願いが書かれている。絵馬はただの木の板ではない。書いた人間の祈りの重さが、千年以上の歴史とともに宿っている。日本中の神社で毎年何百万枚もの絵馬が奉納されるこの習俗は、いつ、どこから始まったのだろうか。
日本の神社で見られる絵馬掛けの典型的な風景。五角形の小板に馬の絵が描かれ、裏面に願いごとが墨書きされた絵馬が、数え切れないほど掛け連ねられている。
Wikimedia Commons / CC BY 2.0 / photo by Yoshikazu TAKADA
絵馬の発祥——貴船神社と生馬から「板立馬」へ
古代の雨乞いと生馬奉納
絵馬の起源をたどると、古代の神事に行き着く。日照りのとき、人々は「雨乞い」の儀式を行い、黒い馬を神前に奉納した。逆に長雨が続けば晴天を願って白い馬を捧げた。馬は神の乗り物として古来から神聖視され、生きた馬を神前に捧げることは最上の誠意を示す行為だった。
/spot/kifune-jinja は京都・貴船の山奥に鎮まる水神の古社で、神社の縁起によれば天武天皇の時代(673〜686年)にすでに生きた馬を奉納した記録がある。しかし生きた馬を用意できるのは大貴族や有力豪族に限られていた。
「板立馬」——庶民の知恵が生んだ代替品
そこで庶民の知恵が働いた。木の板に馬の絵を描いて神前に捧げる——この**「板立馬(いただてうま)」**が絵馬の直接の祖先である。平安時代後期の史料には「形代(かたしろ)の馬」として木板や土器に描かれた馬が神への奉納物として登場する。経済的負担を大きく下げながら神前への誠意を示す方法として、この習俗は各地に広まった。貴船神社は今もこの発祥地としての矜持を保ち、境内の絵馬には馬の図柄が描き続けられている。
絵馬の発展の歴史
時代
形態
主な奉納者
古代
生きた馬
皇族・有力貴族
平安後期〜
木板・土器の「板立馬」
庶民
奈良〜平安
大型板絵(専属絵師作)
皇族・上流貴族・武将
江戸〜現代
小型五角形板
一般参拝者
奈良・平安期の大型奉納絵馬——住吉大社と厳島神社
神社に積み重なった美術品としての絵馬
「小さな板絵」の系統と並行して、もう一つの流れが生まれていた。公家や武将が名のある絵師に依頼し、神殿の拝殿壁や絵馬殿に掲げるための大型の奉納絵馬を制作させる慣習である。奈良時代にはすでに神社建物内部に絵画を奉納する記録があり、平安時代には皇族や上級貴族が大型の板絵を奉納するようになった。
京都・貴船神社の絵馬。絵馬発祥の地とされる貴船神社では、雨乞い・晴乞いの馬を描いた伝統的な絵馬が奉納され続けている。天武天皇期(7世紀後半)の奉納記録が残る神社としても知られる。
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / photo by Yanajin33
住吉大社の絵馬殿——狩野派の名品が眠る
/spot/sumiyoshi-taisha(大阪市住吉区)には「絵馬殿」が設けられ、江戸時代以降に奉納された大型絵馬が今も数多く保存されている。狩野派の絵師が手がけた作品も含まれ、神社が美術館としての役割を兼ねていた例を今に伝える。絵馬殿を歩くと、数百年の祈りの積み重なりが、色あせた板絵の筆致から伝わってくる。
厳島神社の奉納絵馬と平家一門
/spot/itsukushima-jinja(広島県廿日市市)にも奉納絵馬の優品が伝わっており、平家一門の信仰を象徴するものとして知られる。世界遺産の朱の社殿に奉納された絵馬は、単なる祈りの道具を超えた歴史的美術資料であり、拝観の際には拝殿の隅々まで目を向けてほしい。
天神信仰の広まりと受験絵馬——北野・湯島・太宰府
菅原道真(845〜903年)と学問の神
今日の絵馬文化を形作った最大の力が、菅原道真を祀る天神信仰の全国的な広がりである。道真は平安時代の学者・政治家で、藤原氏の陰謀により大宰府(現在の福岡県太宰府市)に左遷され903年に客死した。没後、都で落雷が相次ぎそれが道真の怨霊の仕業と恐れられたことから、道真は学問の神として祀られるようになった。
三大天神と受験絵馬の聖地
/spot/kitano-tenmangu(京都市上京区)は947年の創建。道真の梅紋と神使である牛の像が配され「天神さん」と親しまれる。/spot/dazaifu-tenmangu(福岡県太宰府市)は道真が没した地に建ち、北野と並ぶ三大天神の一角。/spot/yushima-tenmangu(東京都文京区)は江戸時代に学問所が多く集まった湯島の地に鎮まり、江戸の受験生から篤い信仰を集めた。「道真のように学問に秀でたい」という願いが絵馬という形で神前に届けられるようになり、現代の受験絵馬文化へと繋がった。
京都・北野天満宮の受験絵馬。菅原道真を祀る天神信仰の総本社に、受験シーズンになると「志望校合格」と書かれた絵馬が何千枚も掛け並べられ、絵馬掛けは色とりどりに埋め尽くされる。
Wikimedia Commons / CC BY 3.0 / photo by KATSURA Roen
博多・櫛田神社と地域性豊かな絵馬文化
商都・博多の総鎮守
日本各地の神社が地域の文化と溶け合った絵馬を生み出してきたなかで、/spot/fukuoka-kushidajinja(福岡市博多区)の絵馬はその土地の個性を色濃く映している。博多は古代から大陸貿易の玄関口として栄えた商都であり、商売繁盛の祈願は生活の根幹と直結していた。
博多祇園山笠の絵馬
博多を代表する祭り「博多祇園山笠」の飾り山(装飾された巨大山車)を描いた絵馬は、祭り文化と信仰が一体化した博多ならではのデザインである。山笠は毎年7月に奉納されるもので、その絵柄の絵馬を奉納することは、祭りへの参加意識と神への感謝の両方を含んでいる。また/spot/meiji-jingu(東京都渋谷区)は全国最多参拝者数の神社として年間を通じて多種多様な絵馬が奉納され、現代の絵馬文化の多様性を体感できる場所でもある。
変わり種絵馬と現代の多様化——ハート型・桃型・動物型
形で祭神の御利益を伝える工夫
近年、神社ごとのオリジナル絵馬が多様化し、形状は伝統的な五角形にとどまらなくなっている。/spot/fushimi-inari(京都市伏見区)の絵馬はお稲荷様の神使・狐の顔を模した形で、境内の狐像と共鳴する。/spot/tsurugaoka(鎌倉市)では武家の都にふさわしい武将ゆかりの絵馬が用意されている。
福岡・博多の総鎮守、櫛田神社の絵馬。博多山笠の飾り山笠を描いた絵柄など、博多の商都文化と祭り文化が融合した独特のデザインが並ぶ。商売繁盛の願いを込めた絵馬が多いのも博多らしさである。
Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0 / photo by Hirho
願いの多様化と絵馬
試験合格・縁結び・安産・商売繁盛・病気平癒・家内安全——日本人が神前に持ち込む願いの種類は時代とともに増え続けている。五角形の板という基本形を保ちながら、形を変え・色を変え・絵柄を変えることで、絵馬は現代の祈りの言葉を吸収し続けている。
変わり種絵馬
神社
由来
狐型
伏見稲荷大社
稲荷の神使・狐
兎型
岡崎神社(京都)
神使・兎
桃型
橿原神宮(奈良)
縁起物の桃
ハート型
東京大神宮など
縁結びの御利益
奉納絵馬の文化財としての価値
重要文化財・国宝級の大型奉納絵馬
奉納絵馬は信仰の道具であると同時に、日本美術史における重要な一ジャンルを形成している。住吉大社の絵馬殿の大型絵馬は狩野派・長谷川派の絵師の作品を含み、日本絵画史の一次資料として高く評価されている。東京・神田明神(神田神社)には江戸時代に奉納された大型の絵馬が保管されており、江戸の職人や商人の信仰の厚さを伝えている。
参拝時のポイント——絵馬の奉納と絵馬殿の楽しみ方
実際に神社を訪れ絵馬を奉納するとき、より意味深い参拝にするための三つのポイントを押さえておこう。
願いは具体的に書く——「合格祈願」より「〇〇大学〇〇学部合格」のように具体的な言葉で書くほうが、自分の意志を明確にする機会になる。神への言葉である前に、自分自身への誓いでもある。
1年以内にお礼参りをする——願いが叶った際は、同じ神社を再訪して感謝を伝えることが「お礼参り」。奉納した絵馬はお焚き上げされ、信仰の循環が完成する。
古い絵馬殿を見て歩く——自分の絵馬を奉納した後、絵馬殿があれば立ち寄ってみてほしい。数十年前、百年前の絵馬がそこには残っており、その土地の人びとが何を願ってきたかの記録が積み重なっている。
ゆかりのスポット一覧
スポット
特色
貴船神社(京都左京区)
絵馬発祥の地、水神の古社
北野天満宮(京都上京区)
受験絵馬の聖地、三大天神の一
湯島天満宮(東京文京区)
江戸以来の学問の神、受験生が絶えない
太宰府天満宮(福岡太宰府市)
道真終焉の地、三大天神の一
櫛田神社(福岡博多区)
博多の総鎮守、山笠絵馬
明治神宮(東京渋谷区)
全国最多参拝者、多様な絵馬
住吉大社(大阪住吉区)
絵馬殿に大型奉納絵馬が現存
厳島神社(広島廿日市市)
平家奉納の絵馬伝わる世界遺産
伏見稲荷大社(京都伏見区)
狐型絵馬、朱の鳥居と並ぶ名物
鶴岡八幡宮(鎌倉市)
武家の都の総鎮守、武将ゆかりの絵馬
巡礼コース提案
関東「学問成就コース」: 湯島天満宮で受験絵馬を奉納し江戸の学問の雰囲気に触れる。次に明治神宮へ移動して近代日本の出発点を感じ、最後は鎌倉の鶴岡八幡宮で武家の都の総鎮守を参拝する一日コース。
関西「絵馬の歴史コース」: 朝、貴船神社で絵馬の発祥に触れ、北野天満宮で天神信仰を体感する。午後は伏見稲荷大社で狐型絵馬と千本鳥居を楽しみ、大阪・住吉大社の絵馬殿で大型奉納絵馬の美術史的価値を確かめる。一日で絵馬の千年史を体感できる。
よくある質問
絵馬はいつ頃から存在するのですか?
生きた馬の代替として木板に馬を描いて奉納する「板立馬」の記録は平安時代後期にさかのぼる。さらに遡ると古代の生馬奉納の習俗があり、天武天皇の時代(7世紀後半)には貴船神社に生馬を奉納した記録が存在する。
絵馬の「五角形」にはどんな意味があるのですか?
五角形(合格祈願に「合格」と形が重なる)は主に近現代に広まった形状であり、学問の神・天神信仰の広まりとほぼ同時期に定着したとされる。古代・中世の大型絵馬は四角形が多く、形の意味付けは後代に生まれたものである。
絵馬の「お礼参り」とはどういうものですか?
願いが叶った後に、絵馬を奉納した神社に再び参拝して感謝を伝える行為を**「お礼参り」**という。1年ほどで奉納された絵馬は「お焚き上げ」(焼却供養)される。この願い→結果報告→焚き上げの循環が、信仰の完結した形である。
絵馬殿とはどういう施設ですか?
大型の奉納絵馬を恒久的に保管・展示するために神社に設けられた建物である。住吉大社・厳島神社などの著名社では、歴代に奉納された大型絵馬が保管されており、狩野派などの絵師の名品を拝観できる。通常の参拝コースから少し外れた場所にあることが多いため、見落とさないように境内マップを確認してほしい。
外国人でも絵馬を奉納できますか?
もちろん奉納できる。願い事は日本語でも母国語でも構わない。神社で絵馬を購入し(一枚500〜1,000円程度)、願いを書いて絵馬掛けに括り付けるだけでよい。英語や中国語で書かれた絵馬も珍しくなく、参拝作法の一つとして世界中の参拝者に親しまれている。
最終更新: 2026年4月25日
── 了 ──
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ゆかりの地を訪ねる
記事で読んだ歴史は、現地に立つとさらに深く実感できます。下のスポットや巡礼コースから、次の参拝先を選んでみませんか。
1. 貴船神社
水の神を祀る全国貴船神社の総本宮・和泉式部の縁結び伝説
2. 北野天満宮
菅原道真を祀る全国天満宮の総本社・秀吉が北野大茶湯を催した学問の神
3. 湯島天満宮
梅と絵馬に願う東京屈指の学問の神・合格祈願の聖地
4. 太宰府天満宮
道真公の廟所に建つ全国12000社の総本宮・合格祈願の聖地
5. 櫛田神社
博多総鎮守・祇園山笠が奉納される千年の古社
6. 明治神宮
都心に広がる70万㎡の鎮守の杜、初詣日本一
7. 住吉大社
全国約2300社の住吉神社総本社・摂津国一宮・住吉造の本殿4棟は国宝・初詣200万人を集める大阪の総鎮守
8. 厳島神社
厳島神社は広島県廿日市市宮島に鎮座し、「海上に浮かぶ大鳥居」を持つ世界文化遺産の神社
9. 伏見稲荷大社
和銅4年(711年)秦氏が創建した全国約3万社の稲荷神社総本宮・千本鳥居で世界的に有名な商売繁昌の聖地
10. 鶴岡八幡宮
源頼朝が1180年に遷座した鎌倉幕府総鎮守・実朝暗殺の大銀杏で知られる武家の総社
巡礼コース
神仏霊場巡拝の道
全 150 スポットを巡る
巡礼コース
日本の寺社100選【京都・大阪・兵庫】
全 28 スポットを巡る
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