延暦14年(795年)、荊石が光を放ち翁の姿で素盞雄命と飛鳥大神が現れたことを起源とすると伝わる。南千住の素盞雄神社と同根の信仰を持つ古社であり、当初は両社が一体の祭祀圏を形成していたとされる。中世以降、千住は奥州道中の要衝として発展し、当社もその鎮守として地域に根付いた。江戸時代に入ると、慶長6年(1601年)に千住宿が設けられ、宿場町の繁栄とともに旅人の守り神としての信仰が高まった。元禄2年(1689年)、松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅に出発した際、千住大橋付近で「行く春や鳥啼き魚の目は泪」と詠んだとされ、当社周辺もその旅立ちの地として記憶される。近代以降も6月の天王祭における二天棒の神輿…