赤坂宿は中山道第57番目の宿場として、現在の大垣市赤坂町に設けられた。近隣の金生山(きんしょうざん)は古来から石灰石・大理石の産地として知られ、赤坂宿は石材流通の拠点としても栄えた。江戸時代には中山道を往来する大名の参勤交代行列も通過し、旅籠や問屋場が立ち並ぶ賑やかな宿場であった。元禄2年(1689年)、俳聖・松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の終盤にこの地を通過したとされる。明治以降、鉄道の発達により宿場の機能は失われたが、往時の街道景観を伝える旧家や石畳が残り、歴史散策のスポットとして整備されている。