江戸中期の儒学者・蘭学者で「甘藷先生」と呼ばれた青木昆陽(1698-1769年)が、下目黒の別邸南部に生前自ら建立した寿塚で、目黒不動尊・瀧泉寺の墓地内に現存する国指定史跡。昭和18年(1943年)5月1日に国史跡指定。「甘藷先生墓」の刻字は昆陽自筆と伝わり、享保の飢饉後に『蕃薯考』を著して薩摩から甘藷(サツマイモ)の種芋を取り寄せ関東一円に栽培を指導・普及させた昆陽の功績を顕彰する。昆陽の甘藷普及は飢饉対策として多くの命を救い、8代将軍徳川吉宗の享保の改革における農政の柱の一つとして評価され、以後サツマイモは日本人の救荒食・常食として定着した。毎年10月28日には墓前で「甘藷まつり」が開催され、サツマイモと花が供えられ、江戸蘭学者の先駆けとして昆陽を偲ぶ市民の参拝が続く。目黒不動尊(瀧泉寺)の歴史散策と合わせて訪れる江戸農政・蘭学史の記念碑的史跡。