元和9年(1623年)、信濃善光寺の本尊・一光三尊阿弥陀如来の分身を勧請し、徳川忠長(駿河大納言)の正室が開基した浄土宗の寺院である。信濃善光寺と同じ御本尊を祀ることで、江戸に居ながら善光寺参りの功徳を得られるとして、江戸庶民から広く信仰を集めた。寺の名称や信仰形態は信濃善光寺の末寺的な性格を持つとされる。江戸時代を通じて、青山の地名の由来となった旗本・青山家の菩提寺としての役割も担い、境内には青山家の墓所が今日も残る。明治維新後の近代化の波の中でも法灯は絶えることなく維持された。境内には「サル地蔵」と呼ばれる石像が現存し、古くから参詣者に親しまれてきた。現在も毎年10月にお十夜法要(十夜念仏…