新宿区新宿に位置する浄土宗の寺院で、慶長年間(1596-1615年)に太宗という人物が庵を結んだのが起源とされる。
本尊は阿弥陀如来で、境内の閻魔像・奪衣婆像は江戸時代の民衆信仰の形態を今に伝える著名な仏像。
境内の「内藤新宿の閻魔像」は高さ3mを超える江戸時代の木造大型閻魔像で、新宿区の文化財に指定されている。
江戸時代の内藤新宿(現・新宿)は甲州街道の宿場町として栄え、太宗寺はその宿場の入口近くに位置して旅人の守護神として信仰された。
閻魔大王は地獄の審判者として死後の世界を司る仏であり、江戸庶民の間で「地獄の恐怖」を説く民間信仰の中心的な存在として崇められた。
「奪衣婆(そうずかばば)」は三途の川のほとりで死者の衣を剥ぎ取るとされる鬼婆で、その石像も境内に立ち人々の畏怖を集める。
新宿御苑に近接した立地で、新宿の文化的な散策コースの一部として多くの観光客が立ち寄る。
毎年1月16日の…
慶長年間(1596〜1615年)、太宗と称する人物がこの地に庵を結んだのが寺の起源と伝わる。当初は小規模な草庵であったとされるが、江戸時代初期に浄土宗の寺院として整備され、「太宗寺」の寺号を得たとされる。江戸時代中期、幕府が甲州街道の宿場として内藤新宿を公認(1699年)すると、太宗寺は宿場入口近くに位置する寺院として旅人や宿場の人々の信仰を集めた。境内に祀られる高さ3メートルを超える木造閻魔像および奪衣婆像は江戸時代に造立されたものと伝わり、地獄の審判者・三途の川の番人として江戸庶民の民間信仰の中心的な霊場となった。明治期の近代化や廃仏毀釈の影響を受けながらも寺は存続し、これらの仏像は新宿区…