[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
延喜式内社・周防国五宮——大内義興の凱旋巡拝で「五ノ宮大明神」の地位が確立した水神と八幡神を合わせ祀る山口の古社
JR山口線・矢原駅から徒歩約5分
山口県山口市矢原1241
Google Map で開く ↗
山口県山口市矢原に鎮座し、水の女神・罔象女神(みずはのめのかみ)を主祭神とし、応神天皇・神功皇后・仁徳天皇・住吉三神・素戔嗚尊・市杵島姫神らを祀る延喜式内社。旧称は「五ノ宮大明神」。周防国一宮(玉祖神社・防府市)から四宮(赤田神社・山口市)に続く「周防国五宮」で、明応6年(1497年)に大内義興が九州遠征後の凱旋巡拝で当社を第五番目に参拝したことにより、その地位が確立した。明治39年(1906年)に周辺6社を合祀して現在地へ遷座。二の鳥居・楼門・本殿など境内構造物が整い、市指定天然記念物の保護樹木が境内に立つ。JR山口線・矢原駅から徒歩約5分の好立地に鎮座する。
創建年代は不詳だが、延喜式神名帳(927年)に登録された式内社として平安初期から官社として認められていた。旧称「五ノ宮大明神」が示す通り、古代より周防国の五番目の宮として格付けされていた。中世、室町時代の明応6年(1497年)に大内義興が九州遠征から凱旋した際、周防国内五社を順に巡拝して戦勝を奉告した。当社が第五番目に参拝された社となり、「周防国五宮」の地位が改めて確立された。同じ凱旋巡拝で仁壁神社(三宮)・赤田神社(四宮)なども順に参拝されており、これらの巡拝が周防国の宮系列を体系化した。大内氏滅亡後は毛利氏の庇護を受け、明治39年(1906年)の神社合祀政策のもとで周辺6社を合祀して現在地…
勝負運・スポーツ必勝・試験突破の勝運。八幡宮や諏訪大社など武門の守護神に由来。
御祭神「罔象女神・応神天皇・神功皇后・仁徳天皇・住吉三神ほか」のご神徳に由来
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
›
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能