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今八幡宮
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今八幡宮
山口県
大内義興が1503年に造営した本殿・拝殿・楼門が国重文—現存最古の楼拝殿造が残る山口の総鎮守、幕末は久坂玄瑞ら八幡隊・七卿落ちの拠点
創建
1278
種別
神社
アクセス
JR山口線「上山口駅」から徒歩約10分 / JR新山口駅からバス「自衛隊前」停留所下車徒歩1分
山口県山口市八幡馬場828-1
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基本情報
神社
創建 1278
748年目
御祭神・御本尊
宗派
神社本庁(旧郷社)
概要
山口市八幡馬場に鎮座する山口の総鎮守。応神天皇・仲哀天皇・神功皇后ら五柱を祀る。創建は鎌倉時代弘安年間(1278〜1287年)以前とされ、大内氏の庇護のもと「西の京」山口の信仰の中心として栄えた。文亀3年(1503年)に大内義興が造営した本殿・拝殿・楼門は昭和25年(1950年)に国の重要文化財に指定。楼門と拝殿が一体となった「**楼拝殿造**」は山口地方独特の建築様式で、この社が現存する最古の実例にあたる。大内義隆が天文3年(1534年)に奉納した大型鰐口(面径85.8cm・国内最大級)も国重文に指定され、山口市歴史民俗資料館に寄託されている。幕末には社務所が尊皇攘夷運動の拠点となり、久坂玄瑞・入江九一らが「八幡隊」を組織。文久3年(1863年)に三条実美ら七卿が当地で支援を受けた明治維新策源地でもある。
由緒
今八幡宮の創建時期は弘安年間(1278〜1287年)以前とされ、大内弘成の一族との縁起が最古の記録に残る。室町時代に大内氏が山口を「西の京」として整備するにあたり、文明3年(1471年)に大内政弘が朝倉八幡宮を合祀して社勢を強化した。文亀3年(1503年)、大内義興が現在の社殿を大規模に造営。楼門と拝殿が一体化した「楼拝殿造」は山口地方固有の建築形式で、この建物が現存最古の実例とされる。柱や蛙股には牡丹・雲・日月・水魚などの彫刻が施され、室町中期の装飾技法の粋が凝縮されている。天文3年(1534年)には大内義隆が大型鰐口(面径85.8cm)を奉納した。大内氏滅亡(天文20年・1551年)後も社…
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ご利益
武運長久・勝運
安産・子授け
出世開運
勝負運・スポーツ必勝・試験突破の勝運。八幡宮や諏訪大社など武門の守護神に由来。
御祭神「応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・玉依姫命・宇治皇子」のご神徳に由来
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