山号は大瀧山、本尊は釈迦如来。伝承によれば開基・鳳山良長はもともと武士であり、合戦で多くの部下を亡くしたため相模川沿いの崖下に小堂を建て、自ら出家してその霊を弔った。子の高岩・孫の全亮と3代にわたり供養が続けられ、やがて功雲寺から州山洞益(慶長4年1599年没)を迎えて正式に開山とした。のちに崖崩れで小堂が倒壊し、現在地に再建された。慶安2年(1649)には幕府より朱印地11石1斗を受領。かつては山門脇に観音堂があり武相観音26番札所として参拝者で賑わい、江戸時代には寺小屋も開かれ地域教育に貢献した。