慶長年間(1596〜1615)、根小屋の功雲寺第10世・柳山洞絮が梅宗庵として開山。享保8年(1723)に第4世補教大和尚が中興して梅宗寺と号した。本尊は釈迦如来で、脇侍には文殊菩薩・普賢菩薩を安置する。明治17年(1884)に隣家からの延焼で本堂等が全焼し、田名の宝寛寺旧本堂を移築して再建した。現本堂は平成14年(2002)に新建立された。境内観音堂には天明5年(1785)以降に造立された百体の石造観音像が安置され、西国・坂東・秩父各霊場の札所番号が台座に刻される。特に西国二十番の千手観音は「白子観音」と称され、安産守護の信仰を集めた。百観音は相模原市登録有形民俗文化財に指定されている。