天正19年(1591)、吉川下総守が邸内に堂宇を建立し、慶蔵主という僧を招いて「澗淋山昌泉寺」として草創した。慶長3年(1598)に相模国の曹洞宗寺院・功雲寺の末寺となり、同寺9世の州山洞益を迎えて「龍源山昌泉寺」に改名。現在の「正泉寺」という寺号は明治時代に定まった。江戸時代には境内で寺小屋が開かれ、明治時代には「益進学舎」を開校して相原小学校の前身となるなど、地域の教育拠点として重要な役割を果たした。境内には相模原市登録有形民俗文化財の徳本念仏塔があり、江戸後期に全国を行脚した念仏僧・徳本との縁を伝えている。関東百八地蔵尊霊場の第91番札所。