沖縄における浄土真宗の布教は、1609年の薩摩藩による琉球侵攻以後に本格化した。琉球王国時代は臨済宗・真言宗系の仏教が王府と結びついていたが、薩摩支配を経て本土系の宗派も徐々に浸透した。中道寺の前身もこうした流れの中で形成されたとされる。1945年の沖縄戦では宜野湾地域は激しい地上戦の舞台となり、寺院建物も焼失・損壊したと伝わる。戦後は地域住民の信仰的拠り所として再建が進み、現在地に伽藍を整えて念仏信仰の道場として機能している。浄土真宗本願寺派の儀礼に従いつつ、沖縄固有の祖先供養の風習とも融合しながら地域の仏事を担っている。